音楽を求めて 7〔大石 聡/2005.12.30〕
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第7章 小西収でない指揮者について。本当の素人が指揮をすることについて。
小西収は、プロフェッショナルな意味では「指揮者」と呼べない者である、と前回僕は述べたのだが、これは一種の「言葉の綾」というものである。実質的には、小西収は自覚的にも他覚的にも「指揮者以外の何者でもない」のであって、彼の指揮を実際に見て「なんちゅう指揮者や」と唖然とする人はたくさんいても、「ホントにこの人指揮者?」と素朴な疑問にとらわれる人は、あまりいないのである。それは、何故か。これは「棒が振れる」ということについての「最も基本的なこと」なので、今回はこのことについて、小西収と「全くの素人」を対比しつつ語ってみたい。
大学のオーケストラでいうところの「学生指揮者」程度の指揮者であっても、「指揮をしたことがない人」と較べれば、その違いは一目瞭然である。どう「違う」のだろう?バトンの動きが明瞭である、ということだろうか。それもあるだろう。「音楽の拍子や開始/休止を示して、基本的な速度とリズムを奏者達に呈示する」という目的に照らして、合理的なバトンの動きを「自信を持って」作っている、とでも表現すればよいだろうか。さらには、指揮者は曲のスコアを読み込んでいる(勉強している)ということはあるかもしれない。曲全体を見通し、各部位をどのように仕上げて、最終的にどのような「表現」を目指すのか指揮者は事前に「構想」している。そして、それを奏者達に「伝達しよう」という目的に沿って、バトンや身振りを使った「コミュニケーション」を行っている、といえばよいのかもしれない。しかし、よく考えてみると、曲について「何か」を持っていて、「表現したい」と考えている「その点」だけについていえば、「素人指揮者」であっても何らかわりがないのではないか。「素人」は「思い入れたっぷり」に何かを伝えようとする。でも、それをうまく形に出来る「基本技能」がないので、何だか「ばたばた」してしまうのかも知れない。
要するに、ここでいう「素人」と「学生指揮者程度の指揮者」の違いは、前章で小西収自身が述べていた「指揮者としての有り様」の項目のうち、「交通整理の能力」といったものに集約されるのかも知れない。彼は「指揮者/オーケストラ」の関係について、「交通整理官/運転手」のようであってはならない、と否定的に述べていたわけであるが、これは「それだけでは足らない」ということを暗に指しているのであって、「交通整理しない」ということを小西収が「宣言」しているのではないだろう。逆に、最低限の交通整理も出来ないでは困る、ということはあるのではないか。或いは、交通整理的能力を振るうにしても、その「目的」や「方向性」といったあたりに「問題」が潜んでいるのかも知れない。つまり「良く交通整理されていること」が指揮というものの「最終目標」ではない、ということである。オーケストラというものは、ただ「整然」と鳴ることが目的ではなく、「音楽」を奏するものであるのだから。
僕が大学生だった頃、所属していた大学のオーケストラで「追いコン」と呼ばれる行事があった。これは「追い出しコンサート」の略称であると思われる。要するに、卒業を前にしたメンバーが、自分にとっての「思い出深い曲」「思い入れのある曲」などをを一つ選び、後輩達の前に立って「指揮」するのである。後輩達から、卒業していく先輩達への「はなむけ」の意味を込めたものだったのであろう。当然ながら、一度も「指揮」などということはしたこともない、本当の意味での「素人」が指揮台に次々と立って演奏が繰り広げられる、という事態となる。もちろん、「指揮」としては相当「凄まじい」ものも含まれてくる。演奏も「スムーズ」とは、なかなかいかない。では、それは「面白くなかった」のかと問われると、答えは「否」なのである。これは、奏者達にとっても相当「面白い」演奏経験だったし、実際とても演奏は「盛り上がった」のである。何故か?
これは、そもそもオーケストラの側に、「指揮者」に対して良い演奏をして「はなむけ」としよう、という強い「動機」が存在することが、何よりも大きかったのではあるまいか。オーケストラは指揮者が「素人」であることは先刻承知なのであり、例えどんなにその「指揮」がむちゃくちゃであろうと、そこから何かを「読みとろう」と必死である。乱れがちなアンサンブルについては、コンサート・マスターを中心に「自発的」にコントロールが試みられる。そこではオーケストラの「自発性」が「交通整理を代行」しているのである。その「素人指揮者」に存在しているもの。それは、卒業を前にして自らが選択したその音楽への「深い思い入れ/感慨」といったもの、ただそれだけである。しかし、オーケストラが「それ」を感じ取り、何とか「実現しよう」と必死となり、指揮者へと「音楽を贈ろう」と一つになっているのであれば、それだけで「充分」なのかもしれない。
フロイントもまた、「純粋に素人」に近い人を含む「指揮者」が、合宿などでそれこそ「次々」と登場するという、極めて「珍しいアマチュア・オーケストラ」であるといえようか。みなさんも経験されておられるように、これは音楽的には相当に「愉しい」経験である。フロイントでは特に何かの「イベント」にかこつけて、こういうことをやっているわけではない。単に「面白そうだから」という理由で、このような「素人指揮者」の登場をフロイントのメンバー達は「認めて/面白がって」いるのであって、そういう意味でフロイントに於けるそれは、大学オケに於ける「追いコン」よりもさらに「確信犯的」であるといえよう。「この曲一回振ってみるのが夢だった」というような強い念願を持っている「素人」が、「指揮者として演奏する」ことをサポートする行為は「めっちゃおもろい」ことである、とフロイントのメンバーは「熟知」しているのである。この場合にも、フロイントは「素人指揮者」に対して、ただ「深い思い入れ」だけを期待しており、素晴らしい「具体的指揮」を期待しているわけでは全然ない。これは、ある意味で奏者達が勝手に「それ」を読みとって形にしようと必死になる「ゲーム」なのである。そのために、奏者達はアンサンブルについては「自発的に生成」することで、指揮者を援助するのである。
そのような中から、思いもよらなかったような素晴らしい演奏が産まれることもある。フロイントの場合の一つの例として、かつてフロイントの合宿でU氏が指揮した「シューマンの2番交響曲」を、僕は忘れることが出来ない。彼はどちらかというと、日常では「シャイ」な表現者であって、シューマンに対する思い入れにしても「熱く語る」ようなことは、滅多にない。でも、フロイントのメンバーは、彼の音楽に対する「思い入れ」が人並み外れていることを、日頃の彼の行動から「熟知」しているから、ということもあっただろう。テンポ変化についての簡単な説明があったのみで、指揮はまさに「素人然とした棒捌き」で開始された。第一楽章の主部、規則的な三角形を描き続けるだけの、全く格好を付けたところのない、異様なほど「朴訥」な指揮振りに、しかしあのときフロイントのメンバーは強烈に、魅入られたように引き込まれていった。指揮が卓越しているとき、まさに「タクト」が音楽を紡ぎ出し、オーケストラを巻き込んで「魔法」を生成しているように感じられるものだが、あのときのU氏の指揮にはそれがまさに「現出」していたと思う。「謎の三角振り」は、しばらくフロイントの話題となったが、僕の中では未だにそれは「伝説」となって漂っている。
「素人指揮者による奇跡的な演奏」の実例として、もう一つ僕には忘れがたい実体験がある。これも大学生時代の思い出なのだが、第7回のフロイント演奏会にホルン奏者として共に参加しておられたT氏がその主人公である。彼は、僕が所属していた大学医学部の一級上の先輩にあたる。彼と僕とは大学のオーケストラに同時期に所属して、共に小西収の指揮で演奏したこともあったのだ。彼はその当時から「ずば抜けたホルン奏者」であった。技巧もさることながら、その「センス」が抜きんでたものであったことを、今でも「具体例として」ありありと思いだせるくらいだ。初心者でオーケストラに迷い込んできた「へなちょこオーボエ奏者」であった僕からは、とてもまぶしい存在だったのである。その彼が、大学祭で「医学部のメンバー」だけから成るにわかオーケストラを「指揮」して演奏会を行ったことがあった。慣例と言うより、「惰性」に過ぎない医学部オーケストラだった。ただその「習慣」を自分の代で消滅させるに忍びず、それだけの理由で演奏会が細々と開かれていたのであり、T氏はその代の「団長」だったのである。
曲はモーツァルトの41番交響曲「ジュピター」だった。T氏が選んできたのである。オーケストラのサイズのこともあったが、彼は古今の名曲の中でも、この曲は「名曲中の名曲」だから、とその理由を述べていた。練習のための「合わせ」はたった1回のみで、集まった面々にT氏は、正直でまっすぐな性格の彼らしく「僕は素人やから、指揮なんかできません。ジュピターはほんまにすごい『名曲』です。僕はこの曲とみなさんを信じて、何もせずにただ一生懸命に振ってますから。よろしくお願いします」とだけ述べて、一切の表情付けや指示を行わなかった。ただリピートの確認をしただけである。その時のオーケストラの弦楽メンバーは、本学のオーケストラでもコンマスやトップ奏者を務めた人揃いで本当に「腕利き」であったから、確かに安心感はあった。しかし、それにしても驚くばかりの素朴な言明であって、素直さだった。音合わせもそこそこに、殆ど初見での演奏が開始された。
ところが、演奏がはじまってしばらくすると「異変」がはじまった。T氏の指揮の「動き」はといえば、ただぶっきらぼうに、少し「力を込めすぎた感じ」に、ぎこちなくタクトが上下し、やや不安定な、しかし単調なリズムを刻んでいるばかりである。絵に描いたような素朴な「素人の指揮」である。小細工も、技巧も何もない。しかし、その「目」が、その「息遣い」が、その「腕に籠められた力み」が、やや前屈みのその「硬い姿勢」が、その全てが「何か」をグイグイとオーケストラに放ってくるのである。みるみる、オーケストラに緊張が走った。チェロのトップ奏者だったK氏の顔色が変わり、こめかみのあたりが「引き攣る」のが見える。チェリスト達は魔法にかかったように刻みに力を込め、そのリズムは地に突き刺さるようにどんどん「深く」なる。振り下ろされた腕の勢い余った「しゃくり」のような動きに、コンマスの弓が「ビクッ」と痙攣的に反応する。まるで、触れては為らないものの「熱さ」に触れてしまったかのように。いつの間にかT氏はぎゅっと目をつむって、眉間にしわを寄せて一心にタクトを振り下ろしており、オーケストラはまさに「息を詰めて」その「指揮」を追いかけているのだった。
怒濤のようなコーダが過ぎて曲が静止し、T氏はゆっくりと精神集中を解いて一人、何故だか熱心に拍手し始めた。もちろん、オーケストラの面々に対して、である。呆然としているみんなに向かって「ブラボーです。『念じていた通り』に皆さんが演奏してくれました。まさに完璧にモーツァルトでした。素晴らしかった。」と、T氏は言った。ぐったりした疲労感が漂う中、ぱちぱちと乾いた拍手が「何だか白けた調子」に鳴り響く。そのとき「あいつ・・・いったいなに『念じ』とったんや」と、セカンド・ヴァイオリン奏者の一人が唖然としたように呟いたのが聞こえた。心底、僕もその驚嘆に「同感」だった。T氏との本番の演奏も素晴しいものであったが、皆にどことなく「よそいき」の気持ちがあったせいか、その一回きりの練習演奏には及ばなかったような気がする。あの「ジュピター」は、僕がその後に多く経験した演奏と比較しても、その輝きが未だにを褪せない、「永遠の語りぐさ」的な演奏として生き続けている。
さて、このような体験から考えるに、指揮者が「素人」であるということは、オーケストラの「交通整理」上、確かに「マイナス要因」ではあるものの、その音楽形成に於いては「根本的な欠落」ではない、ということが云えるのではないだろうか。むしろ、小西収の言うように、指揮者とオーケストラの関係は「交通整理官/運転手」であってはならないのであって、それ以前に基本的なある種の「関係」が樹立していることが「不可欠」なのではないかと考える。その「ある種の関係」の「鍵」を握るのは、一つは指揮者自身が演奏する作品に対して持っている「思い入れ/作品の読み込み」というような「何か」なのであり、もう一つはオーケストラが指揮者を見つめて、その「何か」を「読みとろう」とするときの「視線の有り様」なのであり、その見上げる「仰角」といったものではないだろうか。そのような「基本条件」が揃っていれば、指揮者の「交通整理的技能」の有無と全く関係なく、凄まじい音楽が生成する可能性は確保されているのではないか、と僕は推論する。
次回は引き続き、小西収と対比的に「小西収でない指揮者」について、今度はプロフェッショナルな指揮者について語ってみようと思う。
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