音楽を求めて 4〔大石 聡/2005.12.20〕
…ML投稿文
第4章 価値論を巡る議論のこと。苦痛に耐えて反芻し続けていたこと。
前々章、前章と、僕が「音楽」を語ろうとする際に感じる「口ごもり」について、その「困惑」のありかを語ってきた。僕という個人は、非常に深く「小西収」という存在に「規定」されており、その後の「フロイント」での体験からも「致命的に影響」されているということ。そのために、純粋に「音楽」について語ろうとしても、常に「小西収=フロイントの音楽」との比較/距離においてしか語れない、ということ。また、「小西収=フロイントの音楽」そのものに言及するときには、それを「賛美」する語法から離脱することが出来ず、単なる「信仰告白」に堕してしまいかねないこと。そして、その結果として、個人的感情を過剰に備給した「フロイント物語」を生成/流布して、現実の「フロイント」との間に「乖離」を発生させ、無自覚的にフロイントの価値を毀損/縮減してしまいかねないこと。これらが、僕の「困惑」の主な有り様であった。そのような「困惑」にもかかわらず、どうして僕は今さら、改めて「音楽」について語ろうなどと考えたのか。このことについて今回は語ってみようと思う。
話はまた、フロイントの昔に遡る。ずっと以前、今のフロイント・メーリングリストより古いメーリングリストがあって、そこでもメンバーが色んな話しをしていたのだが、そこで、あれはいつ頃のことだっただろうか。音楽の「普遍的な価値」というものについて、ひとしきり激しい議論になったことがあったのだ。そのきっかけになったのは、ある「橋」の話題だった。大阪南港にある阪神高速湾岸線の「港大橋」という大きな鉄骨アーチの赤い橋を、みなさんはご存じだろうか。その時の小西収の文章を引用してみる。
『僕は「阪神高速の橋」と聞くと,あの鉄骨むき出しのでかい鉄橋を思い出して寒気がします。あの橋は,ほんとにイヤです。どこの何という橋か詳しく知らないのですが,確か南港から北へ帰るときに,今までに2回通りました。あの景観こそは何というか,生命・自然と対極にある,無機質の権化です。寒気というのはたとえではありません。僕はその2回とも,全身をチクチク刺されるような不快感に襲われ,吐き気も起こりました。僕はこの無機質の権化を目のあたりにすることで,人間とは精神と肉体の切り離し難い有機体であることを確認したわけですが,それではその同じ人間がどうしてそのようなものを平気で建てることができたのか,という問いにぶつからざるをえません。それともこの僕の体験と感性が普遍的なものでないとすれば,この無機質を受容する人間とそうでない僕のような人間とを分かつものは何なのでしょう。』
感性が直感的に捉えるもの、例えば「美」といったものについて語ろうと思ったとき、そこに根本的疑問が生じることがある。「美」を捕捉しようとする個人の「体験」や「感性」が、他者の「体験」や「感性」とどのように関連し、また関連できないのか。あるいは、そういった個人的な「好み」や「違い」といったものを超えたところに「普遍的なもの(美)」といったものが存在するのか、それともしないのか。この根本的な「問い」が、この小西収の文章にはこだましている。
これは「哲学」にとっても重要な「問い」であった。古来から多くの哲学者が「主観と客観は一致するのか」という「問い」を議論し続けてきた。自分の今見ているもの、聴いているもの、感じているもの。それらは確かに「存在」し、そして「他者」と分かち合うことのできるものなのか。もちろん、その「模範的回答」といったものは存在しない。もしくは、哲学者の数だけ「無数に存在」するともいえる。このときのメーリングリストの議論も、相当に白熱したものだった。「普遍的価値」などというものは存在しない、という意見が一方にあった。また、逆に「普遍的価値」を認めても良いと思っている、という意見も一方にあった。
かつてカール・グスタフ・ユングの著作を読んで精神科医を志したという経歴があるものだから、精神科医である僕にとってユングは「永遠の師」として認識されている。僕はユングの「弟子」の立場を「自称」する者である。人間は、その「自我意識」というものによって自分自身の「主人」であると「思い込んでいるだけ」であり、実際には自分が何を「欲望」しているのか「知らない存在」である、というのはユングの師/ジグムント・フロイトの知見であった。フロイトはその卓越した知見によって、人間を「本当に統べているもの=無意識」について探求する学問、即ち「精神分析」を創始した。ユング師もフロイトと共に、その創始に預かった一人である。しかしユング師は、次第にフロイトとは袂を分かち、「無意識」というものに通底する、個人を超えた「普遍性」を追求することで独自の境地を拓いたのである。当然のように僕は、そのユングの立場をそのまま「借用」した。しかしそのユングの知見について、僕は弟子を「自称」するばかりであって、師のテクストの「真意」を汲み取る努力が「決定的に不充分」だった。僕は、ユングの解説書の類に安易に記載されている「他人の意見」を「自分の意見」として採用し、安易かつ不用意に「復唱」した。恥じらいつつ、それも引用してみよう。
『しかし、そうやって「意識的」に色々考えるほどには、人間というものは「文化的」に「時代的」に相違のあるものでもないらしく、人間にとって「威圧的」であるという「シンボル的」「イメージ的」なもの、つまり「無意識的」なものは意外に「普遍的」なものであるようですよ。ユングという精神科医はそういうことを研究した人ですが、結局のところ「文化」や「時代」というものに影響され難い、「無意識的なシンボル」が人間にはある、ということを様々な研究を通して証明しようとした人です。(#そういう固有のイメージを元型(アーキタイプ)と呼ぶのですが。)その意味で時代とか文化的相違を越えて、石造りのアーチは「素晴らしい」と感じ、鉄骨やコンクリート打ちっ放しの建築に「寒々しさ」を感じる、というような回路が人間に組み込まれている、ということもまた事実であるように私は思うわけなのですがね。』
ああ、あまりといえばあまりに「杜撰」なユング論展開だ。このようにして、人は自分の「信奉」にただ「無自覚」であるとき、それを「賛美」する語法によって、それそのものが本来内包しているはずの「価値」を、無意識的に「毀損/縮減」してしまうのであろう。師に対してまことに申し訳なく、僕としてはただうなだれるのみである。このような僕の「表明」に対して、無数の(しかし丁寧な)「本質的懐疑」が寄せられた。当然であるとはいえ、現実にはなかなか(フロイント・メーリングリスト以外では)あり得ないことである。そのいくつかを引用させて頂こう。
『無学な私には興味深いのですが、証明はできたのでしょうか? 普遍であることの証明は無理な気がしています。私見としては、普遍であるという認識があると誤解しているに過ぎないのではないかと。普遍な価値観を決めてしまうと、それに適さない人は何かから「外れて」しまうわけで、そうなると本来「外れて」いないはずだったものが、後から作られたモノサシによって「外れた」ことになってしまう。なんだか、不思議です。「外れた」という認識が他によってなされると、それは自らに返ってくるわけで、自由意志からではなく他からの“力”が作用することになるのではないかと思います。つまり、他との違いが「普遍」であるかどうかという基準によって自己へのフィードバックがかかる。ところが、その基準は自ら設けたものではない。見えない“力”の作用です。』
『ユングが証明しようとしたのは確かですね。現代では(特に日本で?)ユングの信者は多いですが、ユング派の「治療」実績があることと、彼の学説の評価はまた別でしょう。普遍的な無意識というものについて全くないとは言えないまでも、その内容についてはまだ諸説あるのが現状ではないでしょうか。私見では、ユングはそれこそ「文化や時代」を含む各人間の存在する社会背景を軽視しすぎていると思います。川に丸太を渡しただけの橋しか知らない原始人?にアーチ橋をみせたら「威圧感」より「美しさ」を感じるだろうか、ということを私は言いたいのです。もし人類に普遍的なら感じるのだろうが、どこかで線引きはあるでしょう。人類の祖先の猿はどうか、ネアンデルタール人はどうか、と考えていくと時代を超越するというのはどのくらいの期間なのかがわからない。』
当然かつ、丁寧な対論である。ただ、いうまでもないことだが、彼らにユングの語るところを伝達できなかったのは、単に弟子たる僕の「力不足」のためである。ユングの元型論は本当は極めて「深遠なもの」を含んだ理論であって、ユング師は安易な「剽窃」など許さない難解さをその文章に「織り込んで」いるのである。それを勝手に「わかった」かのように要約し、価値と意味を「縮減」しているのは(僕を含む)未熟な弟子たちに過ぎない。そのことだけは、ここではっきり申し開きしておかねばならない。
それよりも、僕にとってもっと重大なことがあった。このとき、さらに数名の方々から、精神科医がこのように「精神分析的知見」を安易に社会事象へ適用することへの反論と、その「非倫理性」について厳しい指摘を頂いたのである。これは正直なところ、相当にこたえた。
僕は「精神病というレッテル」を貼ることを社会的に「許された」立場にあり、それを利用して患者の無意識を取り扱っておきながら(なおかつそこから生活の糧を得ておきながら)、「自分の無意識」については相当な範囲で「無検閲」であり、それに「安住」しているということ。そのことが、ここにはしなくも「露呈」してしまっているわけである。もちろん、フロイトが言うまもでもなく、人というものは「そういうもの」なのかもしれない。しかし、無意識の専門家を「自称」する以上、先ず何よりも「己の無意識」に通暁しておくべきなのであって、それをせずに精神分析を振りかざすものは、自らの横暴に「無自覚」であると言わざるを得ないだろう。だからこそ、フロイトは「自分が精神分析されたことが無い者」が精神分析を行うことを、堅く「禁じて」いるのである(さすがは創業者の洞見というべきであろう)。ともかく、このことは僕という人間が、自分が「精神科医である」ということに、それまでいかに「無意識的」であったか、ということを「証明」する出来事だったわけである。
そのメーリングリストでの対話は、医師としての自分の「加害性」を僕の中にはっきりと浮かび上がらせる結果となった。ショックが自分を深く貫き通した。それまで僕が意識していた、患者に対する医師としての「倫理」というものが、如何に「皮相的」なものであったか「痛感」された。その後、時間が経過してもその「痛み」は、いつまでも薄らいでゆかなかった。自分に対する「不信感」が増す中で、患者と正対しなければならない。「苦痛」はむしろ、時間がたつ毎に徐々に「増していゆく」ようにすら思われ、これはまことに「つらい」体験だった。僕は、とうとうその「つらさ」から逃れることをあきらめて、開き直ってそれを「見据える」ことに腹を決めた。精神科医として「このこと」に対して「自分なりの回答」を用意できるまで、ひたすら「考え続ける」ことを自分自身への「課題」として課すことにしたのである。そして、以後折にふれて(半ば強迫的に)、この「価値論」について「反芻」し続けてきたのである。
このようにして、この「価値論」は僕の中で、常にフレッシュなまま「喚起」され続け、果てしない「検討」を迫り続けるものと化した。もちろん、その中で僕は主として「医師としての倫理性」を問い続けていたわけだが、ものごとは「とことん」まで考えれば全てが繋がっているある「水準」に辿り着いてしまう。普遍的な「治療的」価値、といったものと普遍的「音楽」価値、といったものは、「最終的な水準」では、おそらくは「なんら違いが存在しない」のである。とにかく、ここではある「個人的なショック」によって、この「価値論」を巡る論争が、僕にとって「答えが出るまで自分を責め続ける問い」と化しており、それに僕が「取り憑かれ」ていた、ということが分かって頂ければ充分だ。続きはまた、次回に。
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