音楽を求めて 3〔大石 聡/2005.12.15〕
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第3章 自覚から反省が産まれたこと。過剰な物語化を忌避すること。
僕は、ごく個人的な「小西収体験」によって音楽的に「誕生」させられた、ということを前回はお話しした。その体験のインパクトが、僕を「音楽」というものに覚醒させたのだが、その代償として、僕が「音楽」に関与するとき、僕は「小西収体験」というものと無縁でいることができなくなった。僕が「音楽」を語るとき、それはどのような音楽であれ、常に「小西収体験」を基準にして評価され、理解されるよりほかないだろう。それが僕の「自覚」であった。そして、その「自覚」に至るまでに、僕はまったく迂闊にも、小西収=フロイントの音楽について「無自覚的賛美」を繰り返し続けてきてしまった。結果として、僕はフロイントを決定的に「毀損」し、その音楽の価値を「縮減」してきてしまったのではないだろうか、と密かに怖れているのである。今回は、その僕の「反省」について語ってみたいと思う。
小西収は「フロイントの生成以前」から、僕の中で既に「理想化」されていた。そのことが僕を「フロイントの結成」に突き動かし、そこに「事後的」に今のフロイントが「生成」してきた。それが「フロイント生成物語」である。時間の経過から見て、まず「小西収」があり、そこに僕の「小西収体験」が生じて、そこからフロイントの生成がはじまったように見える。しかし、ここには大きな落とし穴が潜んでいるのである。結論を先に言っておこう。実際には、「小西収その人」が(或いは僕のパーソナルな「小西収体験」なるものが)フロイントの「起源」であるわけではないのである。誤ってはならない。「歴史」なるものが、事実が経過したあとに「事後的」に形成されるように、それはあくまでフロイントが生成した後に、「事後的」に形成された「お話」に過ぎないのである。
まず「小西収(或いは小西収体験)」が「フロイントの生成以前」に存在していた。そのことは確かに事実である。フロイントの初期メンバーは、既にフロイント以前に小西収を「体験」していた者が多かった。彼らは、多かれ少なかれ(僕のように)個人的な「小西収体験」を持っていたと想像される。僕の発した「呼びかけ」に、彼らが「呼応」して集まってきたのは、彼らが各自の「小西収体験」の「再現」を期待したからに違いない。しかし、だからといって、フロイントはそうした各自の「小西収体験」の「集合体」、もしくはその「発展体」である、と単純化して語れるようなものだろうか。そうではない。フロイントは決して、以前小西収のいた大学オーケストラの「続き」などではないのである。フロイントは、ただフロイントとして、ある時点で「小西収」を含んで「発生」し、その後(小西収と関与しつつも)まったく独自に、何ものかとして「生成」してきたのである。「小西収体験」=「原因」であり、「フロイント」=「結果」である。それは本来、そのように「因果関係的」に語ってはならないものだったのではないだろうか。
時間経過的に「原因」というものが先にあり、その後に因果関係的に「結果」が引き起こされる、という「常識」は「誤りである」と喝破したのは、フランスの精神分析家であるジャック・ラカンであった。ラカンは言う。「原因」は「結果」が生じる前には存在しないのだ、と。「結果」が生じた後に、それはあくまで遡及的に「原因」として、常に「事後的に生成」されるのである。人は自明であること、立ち止まる必要を感じないことについては「何故それが起こったか」という問いを、決して立てることがない。例えば、ある国家が「戦争」に向かって突き進んでいる時点では、そのような情勢をもたらしている「原因」について語ろうとする人はいない。戦争を含んだ「未来」のことを夢中で議論しているときには、人は歴史の「自明」にあることを疑わない。そこでは「問い」が立ち上がらないのである。戦争が現実に災厄として訪れ、無数の同胞の死体が散らばる焼け野原に立ちすくんだとき、初めて人は「どうしてこんなことが・・・」と呆然と呟くことになる。「自明でないこと」とはつまり「認めたくないこと」であり、或いは「不可解なこと」である。「自明性」が木っ端微塵に破壊され、「不可解の壁」の前に立ちすくんだとき初めて、そこに「何故」という問いが立ち上がり、「犯人の追及」が開始される。そうして時間を遡って事後的に「原因」が措定されるのである。
僕は、現在のフロイントの有り様について、そのことを「奇跡」だと思うことがある。このようなものがこの世に生成し、現に実在し、音楽として生まれ出でていることは、殆ど「信じ難いこと」であるような気がするのである。フロイントを立ち上げたとき、このようなものが「生成」することを僕は全く予想していなかった。だからこそ、その「不可解」に僕は立ちすくみ、そこに「何故」という問いが立ち上がった。そしてその「問い」が時間的に遡及して、先に述べた「シベリウスの2番」という私体験を「原因」として措定したのである。だから、それは僕を納得させるための必然を備えた、一つの「フロイント生成物語」であるに過ぎない。「結果」が先にあり、「原因」はあとからやってきた。その順番を間違えてはなるまい。
僕は、僕の中の個人的感情を過剰に備給した「フロイント生成物語」を、かつて感動と賛美を込めて「わめきたてて」いた。そのようにして、このような個人的な色彩を帯びたものをフロイントに「流通」させることによって、僕は「フロイント」そのものが本来持つ「価値」を毀損してしまったのではないだろうか。僕はただ、フロイントの生成に最も「早く」コミットしたメンバーだったに過ぎない。僕がフロイントを「企図」したわけではなく、ましてや「生成」したわけではないのである。もちろん、僕は「フロイント」を必要としていた。激しくそれを「欲望」していたから、それに「突き動かされ」てフロイントの生成にエネルギーを「注ぎ込み」はした。しかし、僕は自分が何を「欲望」していたのか、フロイントが具体的に生成するまで「知らなかった」のである。フロイントが生成したことによって、僕は自分が何を「欲望」していたのか初めて認識できた。その喜びのあまり、僕はフロイントを「賛美」しすぎたのではなかったろうか。
過剰な「物語化」は、「現実のフロイント」の有様を隠蔽し、窒息させてしまうに違いない。そのことを、僕は怖れる。そして、そのような「物語化」が現実に進行しつつある「徴候」の一例として、僕のような人間が「オーナー呼ばわりされる」ようなことが起こっているのであって、それはやはり「忌避」されるべきことではないだろうか。僕の言う「自覚」から産まれた「反省」とは、概ねそのようなことを指している。かつて、僕の中でその物語は「必然」として産まれてきた。フロイントに於いてそれが共有されることも、或いは何かの意味があったのかも知れない。しかし、物語は物語に過ぎないのであって、それ以上のものではない。フロイントは進化し続ける。フロイントに、これ以上「神話」は必要ない。僕はそう思うのである。
だからこそ僕は今改めて、細心の注意を払って「慎重に」語り進めたいと思っているのである。しかし、僕は予想以上に深く「小西収」という存在に「規定」されており、その後の「フロイント」での体験からも「致命的」に影響されている。心から、そう認めざるを得ない。「自覚」と「反省」を持ってしても、僕の言辞が「小西収」という存在(あるいは僕の個人的な「小西収体験」)へのやみくもな「賛美/崇拝の如きもの」に堕してしまい、僕の「真意」に反してフロイントの価値を「毀損」してしまうようなことが、起こり得るのかもしれない。僕が語ることが、あらたな「フロイント物語」の生成でしかなく、その物語がフロイントの現実を隠蔽し、窒息することを避けなければならない。フロイントから出でて、フロイントのために語り、結果としてフロイントそのものを毀損してしまうのでは、僕の立つ瀬がない。これが、僕の「困惑」の二つ目である。
僕は「フロイント」という存在を「僕という個人の体験に起因するもの」として「卑小化」することだけは、絶対にしたくない。フロイントは、僕という存在を既に超え、僕がかつて想像していたものを遥かに絶して、今も素晴らしい変貌を遂げつつあるのである。僕はそのことに「感動」し、「畏怖」しながらこの文章を書いている。フロイントは僕にとって、常に「新鮮な驚き」をもたらしてくれる存在である。フロイントは、いつも僕を良い意味で「裏切り」続けてくれる。僕の予想を超え続けること。それが、僕が何よりもフロイントに期待することである。そして、僕はその「新鮮な驚き」について、予想を裏切られた「立ち竦み」について、執拗に考え、言葉にしようとする営みをやめないだろう。僕は、フロイントを永遠に言葉によって「追う」立場にあり続けよう。その営為は決して成就しない。僕はフロイントに常に「追いつけ」ず、言葉に「し損ね」続けるだろう。
僕は、言葉によってフロイントを「固定」し、僕という物語の中に「支配」したいわけではない。僕こそが「フロイント」に囚われ、永遠にそれを「仰ぎ見て」いるのである。せめてこのことだけは、今ここで、フロイントのみなさんにはっきりと表明しておきたい。
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