音楽を求めて 2〔大石 聡/2005.12.8〕
…ML投稿文
第2章 小西収という存在のこと。私体験と訣別したくともできないこと。
ただ「音楽」について書こう、と思う。純粋に、シンプルに「音楽」について語ってみたい。そう思うのだが、僕にはいくつかの「困惑」があって、ただ無防備には口を開けない(ペンを取れない/キーを叩けない?)のである。それらの「困惑」とは、何か。まずは、そこから語り始めてみようと思う。
フロイントはかつて、「小西収という指揮者」が存在したことによって、そして僕という人間のごく私的な「小西収体験」というものを核として、確かに「誕生」したのだった。そもそもの初めから「小西収」は「フロイント」とセットされており、互いに欠くことの出来ないピースとして(むしろフロイントは小西収オーケストラとして)僕の中に構想されていたのである。また、僕にとって「小西収体験」は即ち、僕という人間の「(クラシック)音楽体験」の原点でもあり、僕にとって音楽とは、すなわち「小西収体験を基準として価値判断されるもの」でもあったのである(つまり、音楽というものの実存的定義が小西収によって為されている)。僕にとっての「(音楽)原体験」である、大学時代のオーケストラでの「その経験」について、かつて僕は「良い演奏を求めて」の中で次のように書いている。
『しかし、僕がなにより驚いたのは、その時はじめてみたその指揮者の、驚くばかりの激しい動きだった。百人からいるそれらのすさまじい形相の人々の前に一人立ち、臆するどころかその人物は圧倒的な存在感を放っていた。鼻息も荒く棒を振り回し、大声で「フォルテ!」とか「遅い!」とか怒鳴り声をあげ、思い通りの音が出たといっては嬉しそうに身をよじり、思った通りに行かないといってはまた身をよじり、しかしその欲するところの音楽は、余すところなくその奇妙な「踊り」に表現されていて、それが実際にオケに伝わって音として放たれているありさまは、僕の目を引きつけて離さなかった。そのたった一時間にも満たない体験が、僕の耳栓を吹き飛ばした。交響曲が何故それだけの長さと楽章を持ち、その中に作曲者は何を込め、そこから演奏家が何を読み取って表現しようとしているのか、すべてがしっくり感じられるようになった。大抵のロマン派の交響曲や管弦楽曲には耳が反応するようになり、その反応するということ自体が楽しくて、必死に曲を聴き漁るようになった。演奏の良し悪しも簡単だった。全てあの体験をもとに「それより良い」か「それより悪い」かを判断すれば良かったからだ。この体験が僕のクラシック音楽的人生の原点である。その指揮者というのがつまり小西さんなのであって、その体験の延長線上に、このアンサンブル・フロイントはあるわけだ。』
このようにして、僕という人間は音楽的に「誕生」したのである。もちろん、それまでの人生で、僕に「音楽体験」が全くなかったわけではない。何かの曲を聴いて震えるほど好きになり、夢中で聞き惚れたこともあった。音楽会の合奏で身体が熱くなるような体験もしたことがある。しかし、音楽というものが、自分という人間の生命にとって「必要不可欠な価値」を持ったものとして刻みつけられたのは、まさにその瞬間だったのである。シベリウスの第2交響曲の第2楽章、低弦のピッツィカートの切迫する中で、「それ」は文字通り「誕生」したのである。
そのような経緯があるために、僕にとっての「小西収」とは、ある種の「理想化された存在」であり続けた。これは、仕方がないだろうと思う。だって、僕に「音楽をもたらした」のは「彼」であったのだから。指揮者としての小西収が「優れている」といったようなことは、あまりにも「自明」なことなのであって、それについて語ろうなどという「動機」は僕のどこにも存在しなかった。人がそれについて「語ろう」とするのは、それが何なのか分からず、しかもそれを明らかにすることを迫られている時(例えばそれについての確信が揺らいでいるなど)に限られる。「アンサンブルを作る」でも、「良い演奏を求めて」でも、僕は可笑しいくらい「小西収そのもの」について語ることをしていない。
「アンサンブルを作る」を書いていたフロイント初期の頃、僕の中にあったテーマとは「小西収にふさわしいオーケストラとはどのようなものか」であった。そして「良い演奏を求めて」を書くようになった頃、僕が追いかけていたのは「小西収とフロイントの音楽は、他との比較に於いてどのように素晴らしいといえるのか」ということだったのだろうと思う。要するに、僕の中で小西収は、一種の「神」としてフロイントに導入されたのであり、「アンサンブルを作る」では、その「神」にふさわしい「祭壇」としてのオーケストラの有り様が追求されていたのである。そして、気がつけば祭壇らしきものが(僕とは何の関係もなく)完成していたので、今度はその祭壇における「神の音楽(小西=フロイントの音楽)」が「どのように素晴らしいのか」ということを、「良い演奏を求めて」では論証しようとしていたのである。
その「良い演奏を求めて」という雑文を書き散らしていた頃、僕は自分では「良い演奏」という「究極的な何か」を追い求めているつもり、であった。しかし、それらの文章を良く読めば分かるように、その全てに無言のうちに冠せられ、かつ省略されていたのは「小西収=フロイントの音楽と較べてそれは・・・」という言葉であった。様々な音楽のありようについて、僕は無意識のうちにそれらを「小西収=フロイントの音楽との比較」に於いて語っていた。「良い演奏を求める」と口にしつつ、僕の中でその「良い」を決める「基準」であったのは、実は「小西収=フロイントの音楽」であったのである。要するにこれは、自分の中にある意味「究極的な良い音楽」が、既に「無条件に居座って」しまっている状態である。そのような人間は、小西収=フロイントの演奏について「信奉」していると言うべきであろう。小西収=フロイントの演奏を「信奉」する人間が、それを「徹底的に懐疑」して「フロイントの演奏は本当に良い演奏といえるのか?」といった本質的な「問い」を発する、などということは「原理的」に起こり得ない。実際に、そこで問われていたのは「どうして(フロイントの演奏は)こんなに素晴らしいんだろう」ということに過ぎなかった。これはよくよく考えてみると「問い」ですら、ない。それはただの「感嘆」であり、「賛美」だったのである。
現在でもフロイントのウェブサイトでの「Q&A」に収録されているように、僕は小西収については『さて、その小西収がどんな風に「いい指揮者」なのか。こればかりは、ご自分の目で確かめて頂くよりほかにありませんねぇ(ため息)』といった具合に絶句したままである。「小西収」が優れた指揮者であることは「自明」なのであり(だって「神」なんだから)、その価値は他に「超絶」しているので、あらゆる種類の「形容を拒絶」している、というわけだ。要するにこれは「(神の奇跡を)ミレバワカル」と言って、他人を折伏しようとしているのである。我ながら、苦笑するしかない。
ともかく僕は、僕自身のかつての自己矛盾的な語り口を分析することによって、自分がいかに深く「小西収=フロイントの音楽」に依存/規定されているか、ということを「発見」した。僕は小西収によって音楽に目覚め、その本質的な「意味」を刻み込まれた。そのことが、僕の音楽に対する感受性を押し開き、様々な音楽について「理解/享受」することを可能にしてくれたのだ。しかしその一方で、僕にとってどのような音楽も「小西収体験」と無縁ではあり得なくなってしまった。全ての音楽は「小西収体験」を基準に評価され、そこからの「距離」を測定されて定位される。僕が「音楽」について語ろうとするとき、僕は「小西収体験という私体験」から「訣別」することがどうしてもできない。これが僕のたどり着いた「自覚」である。
ただ純粋に「音楽」について語りたくても、僕が「音楽」について語るたびに必ず「小西収体験という私体験」が刻印されてしまうこと。これが僕の「困惑」の一つ目である。さらには、この「自覚」によって僕に産まれてきた、ある「反省」について言及しなければならない。それは、このような「自覚」を持たないままにこれまで「小西収=フロイントの音楽」を無自覚的に「賛美」してきてしまったことが、「フロイント」という存在が本来持っているはずの「価値」を、思いもよらず「毀損/縮減」してしまったのではないか、ということである。そのことがさらなる「困惑」となって、僕をまた口ごもらせてしまうのだ。次回はそのことについて、話を深めてみようと思う。
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