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良い演奏を求めて 21〔大石 聡/1995.11.18〕

 英会話の練習について、「Break Through」というようなことがあるそうだ。英語の勉強を始めても、最初はどうしてもネイティヴな英語の発音というのは聞き取ることが出来ない。ところが、一ヶ月なり、二ヶ月なり我慢して英語を聞き取る練習をしていると、ある日突然、耳の栓が取れたように英語が聞き取れるような体験をすることがあるそうだ。それを「Break Throgh」というんだそうである。僕は英語を真剣に勉強したことがないので、もちろんそのような体験をしたことはないのだが、その話を聞いて、自分も似たことを体験したことがあるように思った。つまり、音楽に関してである。

 僕は高校までは、ほとんどクラシックと呼ばれる音楽には縁のない人間だった(中・高では柔道部だった)ので、大学に入学してオーケストラ部の門を叩いたときには、ほとんどクラシック音楽に関して白紙と言って良い状態だった。そんな人間がクラシックの話ばっかりしてるような人間だらけ(大学オケを知ってる人ならだいたいどんな雰囲気か、想像できるでしょ?)の中で大学の4年間を過ごしたのだから、非常に短期間の間にシャワーを浴びるようにそれまで異質だった音楽を聴くようになったわけで、これは英会話スクールにおける英語シャワーと非常に良く似た状況だったと言えるのかもしれない。

 まず閉口したのは曲が長いことだ。交響曲なんて一曲聴こうもんなら、一時間は軽くかかるような代物もざらなんである。歌謡曲の一曲3分の世界に住んできた住人にとって、これは理不尽に長い。それに歌詞もないから、何を訴えているのかわからない。もちろん、演奏の良し悪しなんてちんぷんかんぷんである。その状況でクラシックコンサートにきた人に「眠るな」というのは、やっぱり拷問だろう。

 僕にとっての最初の「Break Through」が、当時の大学オケの主席指揮者のトゥッティだった。当時市大のオケはシベリウスの2番交響曲という難物にチャレンジしていて、初心者の一回生オーボエ吹きである僕なんかは、当然そのメイン曲の練習には参加できようはずもなかったのだが、オーボエパートというのは妙に初心者に寛容なところがあって、一応音が出せるようになった僕が特別に本番にも参加できるように「アシスト(通称;アシ)」という役に付けてくれたのだ。もちろん出番なんてほとんど無い。みんなが大音量で吹いているときに、さほど邪魔にならない和音を吹かせてもらうのだ。こっちは出番がないんだから気楽なもので、指揮者やら一生懸命弾いている人たちやらを「頑張っておるなぁ」と見ていれば良いのだ。どれどれ、うちの主席指揮者とやらはどんな人かね、てなもんだったのである。

 本番直前という事もあって、それは実に鬼気迫るような熱気に溢れた練習だった。ふだん遠くでぷかぷか吹いているのを見てるとどうと言うこともない金管も、ずらりと並んで木管楽器の後ろから全力吹奏するんだから、もうど迫力である。音もすごかったが、みんなの顔も凄かった。今思えばあの曲は、本番直前の強化合宿でも締め括りとして通しの演奏をしようと思ったら、なんと空中分解して途中で止まってしまったという、市大オケには荷が重い難曲であったわけで、みな追い詰められていただけ(指揮者は止まったときの打ち合わせに余念がなかったそうで、まさかの時の団長謝罪文まで用意されていたという噂であった)だと思うのだが、そんなこととはつゆ知らぬ当時のうぶな僕は、団員達の形相にも度胆をぬかれてしまった。

 しかし、僕がなにより驚いたのは、その時はじめてみたその指揮者の、驚くばかりの激しい動きだった。百人からいるそれらのすさまじい形相の人々の前に一人立ち、臆するどころかその人物は圧倒的な存在感を放っていた。鼻息も荒く棒を振り回し、大声で「フォルテ!」とか「遅い!」とか怒鳴り声をあげ、思い通りの音が出たといっては嬉しそうに身をよじり、思った通りに行かないといってはまた身をよじり、しかしその欲するところの音楽は、余すところなくその奇妙な「踊り」に表現さけていて、それが実際にオケに伝わって音として放たれているありさまは、僕の目を引きつけて離さなかった。

 そのたった一時間にも満たない体験が、僕の耳栓を吹き飛ばした。交響曲が何故それだけの長さと楽章を持ち、その中に作曲者は何を込め、そこから演奏家が何を読み取って表現しようとしているのか、すべてがしっくり感じられるようになった。大抵のロマン派の交響曲や管弦楽曲には耳が反応するようになり、その反応するということ自体が楽しくて、必死に曲を聴き漁るようになった。演奏の良し悪しも簡単だった。全てあの体験をもとに「それより良い」か「それより悪い」かを判断すれば良かったからだ。この体験が僕のクラシック音楽的人生の原点である。その指揮者というのがつまり小西さんなのであって、その体験の延長線上に、このアンサンブル・フロイントはあるわけだ。

 あれは確かにそれまで良くわからなかったものが、一夜にしてわかるようになったという点で、僕にとっての音楽的「Break Through」だったと思う。ただ、しかしそれはつまらないと思うようなものをただ漫然と、我慢して聴いているうちに急に判ったというのではないのだから、冒頭に述べたような英会話における「Break Through」とは少し違うものかもしれない。

 「判らないなぁ」と苦しみながらやっているうちに、ふっと出来るようになるような経験としては和音が「合っている」という感覚があるだろうか。僕は大学の4年間ではついに一度も(オケにいて、最初のピッチあわせの音を出すオーボエを吹いていてなお)「音が合う」という感じが良く判らなかった(何と言うことだ!)。大学を卒業して、市民オケなんかで、割と気楽にオーボエを吹くようになって(ということはつまり、大学では気楽に吹いてなかったという事か)、時折「あぁ、今隣のクラリネットとすっきり合ったな」とか感じるようになった。これは最初に言った「Break Through」に近い感覚かもしれない。

 でも、どちらかというと、音楽をめぐる様々な体験の中では、僕はそうした純粋に「Break Through」的なものよりも、一度の強烈な体験をきっかけに世界が転換するような、人為的「Break Through」とでも言うべき体験をしたことが多かったように思う。「わかる」という感覚は、本来的にそうした劇的な要素を含んでいるのかもしれない。 (つづく)

(アンサンブル通信 1995.11.18/第73号より)

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